脱サラして、「フリーランス」になりました!
コウイチ(@Koichi)です。相方・コロンを紹介します!
コロンは食欲旺盛で、走ることが大好きです。
ブログを見に来ていただいている方々に、コウイチの自己紹介したいと思います。
簡単な経歴
川崎市宮前区にて誕生(秋田と群馬のハーフ)
公立の小学校(ヤンキー少なめ)
公立の中学校(ヤンキー多め)
チャラい私立高校(甲子園10回出場、ベスト4も2回)
工学部情報システム工学科(理系行っとけば、就活有利だべ!)
ファッションデザイナーのプロ養成校(軍隊並みの厳しさ)
アパレル販売員(全国2位の売上を達成)
ファッションデザイナー(メンズ服)
2019年5月からフリーランスとなる
好奇心旺盛な幼少期
(写真はイメージ。コウイチは日本人です。)
「お母さん、なんで、おちんちんは堅くなるときがあるの?」
(いきなり下ネタかよ!!!)
こんなこと聞く子供だった。笑
車の中の親戚一同、絶妙な雰囲気を生み出したことを思い出す。。。
保育園では、「先生、昨日の東京ラブストーリー観た?」
という、おませなガキんちょでした。
(「かーんち!」って鈴木保奈美が織田裕二に言うアレです。)
「何のために生まれてきたんだろう?」
小学校3年生のとき、疑問に思ったのでシンペイ君(勉強できる同級生)に聞いてみました。
(病んでいた訳じゃないですよ?笑)
「楽しければ良いんじゃない?」
(そうなのかなぁ・・・)
この「勉強」は大人になって役立つの?
そんなことばかり考えていました。
野球が「生きがい」になってきた中学時代
小学校3年生から始めた野球が開花し出す。
これは両親の遺伝子の力。父・母が俊足だったので、生まれながら俊足。
1年生から2番バッターのレギュラーを獲得し、保育園からやっていた書道を辞める。
夜中も走ったり、素振りしたり、両手両足に重りをつけたまま授業受けたり。笑
ガチでプロ野球選手を目指してました。
甲子園10回出場の高校へ進学
二度とやりたくない高校野球。
結論から言うと、井の中の蛙でした。
中学校の野球部(川崎市ベスト16)で強豪校行くのは危険です。笑
「甲子園行ったの?」とよく聞かれますが
「行っていません!!!」
「入学直前の春」と「卒業直前の春」に行くというミラクルな谷間世代です。笑
(つまり上2学年と下2学年は行きました。)
話すと、とてつもなく長くなるので、記事をいくつか用意しました。
もし、興味があれば読んで欲しいです。
野球で食べていくことは出来ないと悟り、
高校で「9年続いた野球人生」に幕を下ろした。
高校野球を終えて。
「高校球児のイメージありますか?」
「おしゃれ!!」
って言う人ほぼいませんよね。
環境的にオシャレになる要素がないので、
「制服とユニホームとジャージと私。」
高校野球が終わって、多くの球児が思うこと。
「遊びたい!モテたい!彼女欲しい!」
髪を伸ばし、バイクの免許合宿へ行き、服を買い出す!(Right-onだけど)
この「服を買い出す」が、のちの人生を大きく変えていく。
「勘違いから生まれた、新たな目標」大学時代
興味が野球→ファッションへ
当時は、ストリート系ファッション全盛期。
従兄弟が「ナンバーナイン」「アンダーカバー」が好きだったこともあり、
ファッション雑誌を読み漁り、ブランド品を買い出す。
(近所のRight onしか行ってなかったくせに。)
毎週、原宿・代官山・中目黒に通う。
そんなとき、運命的な出会い。
「すみません、いま雑誌の撮影しているんですけど・・・」
「えっ、自分?なんで?」
原宿のGAP前なので、写真を撮られている間、
「コイツ誰だよ」的な
通行人の目線が、痛かった。。。
運命のいたずらか、この日以降
原宿行く度、3回続けてスナップ写真を撮られ、こう思ったのです。
(単純)
「母さん、大学辞めて専門学校行くわ!」
(工学部の勉強全然分からんし。興味も無い。)
「大学卒業して、まだ興味があったら行きなさい!勿体ない!」
この頃は、反対を振り切ってやるほどの覚悟も決意もなく
結局、大学を卒業する。
初めて3年以上付き合った。
大学1年~4年にかけて、初めてこんなに長く人と付き合いました。
それまでは割とサバサバ恋愛をしてきたので、とても印象に残っています。
隣のバイト先で、3つ下の高校1年生だった子です。
付き合ってから、高校でイジメに遇い「リストカット」をするようになり
・・・色々ありました。
これも話すと長くなるので、もし「需要があれば」またの機会に。
膨大な課題量!!高校野球よりツライ!?デザイナー養成校時代
「そもそも、デザイナーとかどうやってなるんだよ~。」と
専門学校3つ。見学や体験した末・・・
「卒業生の90%以上はデザイナーかパタンナー就職!」
とても怪しい…笑
実績がある学校を発見。
大学卒業後、デザイナープロ養成校へ。
- 1年生はレディースのみ
- 2年生はメンズ専攻
- 3年生は卒業コレクションと就活
服飾史、生地の特性、色彩学、工場見学、Photoshop、illustratorなども学びつつ、
メインは、デザインのプレゼンテーションとパターン(製図)と縫製。
簡単に言うと、「自分で書いた絵を実際に作る」という点。
パターンや縫製が時間かかる人だと、授業のスピードについて行けません。。。
自分もピーク時は「21時に寝て、24時起きる。」(3時間睡眠ww)
3日に1回は6時間睡眠。
クラスメイトは次々と体調不良で来なくなりました。
10人ほど男子いたクラスなのに、1人ぼっちの日とかあったほど。笑
卒業する頃には、半分くらいの人がいなくなっていた。。。
しかも、卒業にも増して就職活動が難しい。
デザイナー・パタンナー職の就活
- 大概の会社は、デザイナー採用人数1名。
- 大手でも2か3名。しかし、300名くらい受けた中で2、3名。
- 年によっては、「今年は募集していません。」なんてこともある。
大学時代の就職活動は、ライバルの数が多くて大変ですが、
デザイナー・パタンナー職の就活は内定枠が少なすぎる。
ともあれ、6社メンズの企画職を受け、
何とか年明けに内定をGET!!!
ファッションデザイナーになるには?必要な知識・資質とは?【体験談】
という記事も書いています。
激動の会社員時代
(写真で表すと、こんな日々でした。)
企画職で内定貰ったのに、アパレル販売員3年!?
「企画職採用でも売り場からスタート。だいたい1年くらいは現場でブランドを学んで。」
この言葉から社会人生活が始まりました。
最初の配属先では、基幹ブランド・社内トップレベルの店舗だったので、
メチャメチャ予算が高い!!!
うゎ~個人予算高いわ~。
燃える!!!
そうです。体育会系出身で「お喋りクソ野郎」でした。私。
- 厳しすぎる上下関係
- 接客付く度、接客に対しての細かい指摘
- アイツは休日返上で売上作っているぞ!(謎の休日返上したらという提案)
- 「洋服のタタミ2mmズレているぞ!」(細かすぎる店内を綺麗にしろ指令)
- 「何で今のお客さんに20万売れなかったの?」
あまりにツッコミどころが多すぎたので、アパレル販売員の過酷さはコチラにまとめました。
「アパレル業界の闇~販売員編~」アパレル8年で辞めたデザイナーが語る。
販売員1年が過ぎた頃に本社に電話してみました。
「入社前に1年と伺ったのですが、どうなっていますか?」
すると営業の課長が
「お前年間何千万売ってると思っているんだ!代わりになる人がいない!もう少し頑張ってくれ!」
んん!?
これは怒られているんでしょうか?
褒められているんでしょうか?
意外と「お喋りクソ野郎で体育会」なので楽しんじゃいました。3年も。笑
2年目の販売コンクールで「全国2位の売上」を作れたことが誇りです。
10年越しの夢、企画職に俺はなる!
1店舗の店長が「そろそろ本社上げないとアイツ辞めますよ?」と真っ当なこと言っていたらしく。
4年目にしてやっと、企画職です。(ありがとう店長。)
何もスキル無い状態からでも、10年諦めなければなれるんだ。と実感。
しかし、ここからまた1年目のような扱い。
そうです。本社では一番新米なのです。
そして、昭和の文化が根付いているこの会社!
誰も残業申請とかも教えてくれず(今思えば自分で聞けば良かったのですが。)
本社勤務、1か月目の給与は「手取り16万!!!」
もう4年目でアラサーなんだけど。笑
販売時代は残業代・予算達成のインセンティブで、かなりの出来高だったのです。
本社勤務になり、全部無くなりました。
さすがにもう辞めようと思いましたね。これは。笑
しかーし、ここで頑張るのがコウイチなのです。
翌月、専務にこう言われました。
「お前だけ我慢しなくても良いんだぞ?」
(残業申請を出して良いと言う意味)
仏の顔も3度までと言われますが、
3日連続で残業申請を出す書類に判子をお願いすると、
「なんだこれは?」
「残業申請です。」
「終わらないのか?」
「終わらないです。」
恐るべし。。。専務のコストカット精神。
結局、5年企画職を経て、一通り一人で仕事を出来るようになったところで脱サラしました。
▼その詳細はコチラにまとめてあります。
【給料安い・ツライ】アパレル業界になぜ8年もいたのか?【体験談】
【体験談】幸せなサラリーマン生活とは何か?【科学的根拠付き】
今日、会社辞めました。30歳過ぎて僕が脱サラしようと思った理由3選。
34歳の僕が脱サラ前にした3つのこと~辞める前にすべき6つのこと~
ブログ運営の目的
このブログを通して、共感できる人たちと“繋がる”
日々の生活に少しでもプラスになる情報を送りたいと思います。
ブログ運営理由
これまでの「自身の経験」が”誰かの役に立てば良い”と考えています。
具体的なカテゴリーとして、アパレル販売員・ファッションデザイナー・脱サラ・雑記(趣味系)